「煙と蜜」とヘリオトロープ

ハルタで連載中の「煙と蜜」。本屋で見かけて購入してみた。
大正5年の名古屋が舞台。表紙からして鮮やかな、いわゆる「大正ロマン」な雰囲気を存分に感じさせられますが、こういうテイストのものだと「帝都」あるいは、「京」が舞台でないのはちょっと珍しいな…という気がする。
帯キャッチコピーが「恋から愛へ。子供から大人へ。」。

12歳の少女姫子と30歳の軍人文治の許嫁同士のラブストーリー。それだけみると、ちょっと刺激的な印象だけれども、スキャンダラスな内容では全くなく、二人のゆったりとした交流、日常を楽しむ、そんなつくりになっている。ちょっと「魔法使いの嫁」のエリアスとチセの関係性を彷彿とさせるような(立場も種族も全く違いますが…)…あたたかい感じ。そういえば、「魔法使いの嫁」も「煙と蜜」も、「許嫁」や「お嫁さん」という前提があるけれど、だからと言って「結婚した(する)からこうしないと」「ふたりでいるんだからこうじゃないと」というのが薄く、「二人でいい関係を築くためにはどうしたらいいのか」、そこに至るまでの過程を丁寧に描いている感じがする。どちらも、本来なら恋愛対象から遠い存在(年齢差、異界のもの)だからこそ、できるのかもしれない。

 

一巻には八話分が収録されていて、どれもテイストが違い楽しい。何より密度の高い絵が美しい。
一番に気になったのは「夕刻とヘリオトロウプ」。姫子がお母さまの香水をつけてみて…という話なのだが、この「ヘリオトロウプ」とは何ぞや。
作中では丁寧に「甘くて」「丸く柔らかな」「まるで蜜」とわかるように解説してくれている。でも気になる。どんな香なんだろう?
国立国会図書館のデジタルライブラリーで検索してみた。

 

ヘリオトロープの花は更に異性を慕はしむる傾きがある。(中略)欧州の或る方面に於ては結婚の花として新郎新婦の持つ花束の中に欠く事の出来ない花としてある。」
「花の香気は巴且杏または梅の如く、またチョコレートの香の原料となるバニラの如く、うまさうな好い匂ひがするのである。」(堀切参郎『家庭園芸新しい草花の作り方』大正13年、アルス)

 

甘い、バニラみたいな感じなんだな…。このヘリオトロープ、明治27年ごろ、ロジェ・ガレ社のものが日本にも入ってきたようで、当時のお嬢様たちのあこがれだったようです。この話で、初めて文治さんの口から具体的な結婚話がでるのですが…、その場面でこの「結婚の花として」も有名なヘリオトロープを姫子さんの身につけさせているという…。

なおかつ、ヘリオトロープを身につけた姫子さんが、文治さんの胸に飛び込み、それを受け入れるという場面が展開されるのには、なるほど、と考えさせられます。
タイトルの「煙と蜜」も、(今後もっと深い意味があるかもですが)一度、ここできれいに回収されます。

そういえば、作中で姫子さんがやっていたハンカチにつけるやつ、夏目漱石の『三四郎』でもでてきましたね。「異性を慕はしむる傾き」香り、なるほど…。