『谷崎マンガ変態アンソロジー』

『谷崎マンガ変態アンソロジー』(中公文庫)を読んだ。2016年に生誕130年を記念して刊行されてた『谷崎万華鏡』を再編集し文庫化したもの。榎本俊二今日マチ子しりあがり寿中村明日美子古屋兎丸山口晃ら豪華作家人による谷崎の作品をテーマにした作品が収められている。

掲載されているのは「青塚氏の話」「痴人の愛」「夢の浮橋」「瘋癲老人日記」「陰影礼賛」「続続羅洞先生」「猿が人間になった話」「少年」「颷風」「台所太平記」で晩年にいたるまでの様々な作品が描かれている。(久世番子「谷崎ガールズ」だけは導入作品のような感じで谷崎の女性観を紹介するものになっている)

 

映画やドラマ、舞台とこれまで様々にメディアミックスされてきた谷崎の作品があらためて現代のマンガに描かれなおされるとあって小説に忠実なものもあればまったく新しい作品にリライトされているような印象を受けるものあり、アンソロジーという名前のごとく作家ごとに異なる読後感が楽しい。

 

特に楽しかったのは「谷崎ガールズ」と「台所太平記」。

最初の結婚から小田原事件、丁未子との短い結婚生活、最後の結婚、晩年の義理の息子の嫁、千萬子への手紙など女性関係をガイダンスで廻れるのが「谷崎ガールズ」。短いページで女性観がたどれて楽しい。「丁未子さん 宮崎あおいさん似でかわいい~」には激しく同感。当時のカメラとお化粧でこれくらいかわいく映るんだから相当な美人だったんだろうなあと妄想してしまう。最初に奥様千代さんが「良妻賢母」タイプだったから、谷崎の気に召さなかった。というのに対しても「どこが気に入らないの!?」という突っ込みがおもしろい。今でも相当にスキャンダラスな……というか、正直ひいてしまうような内容で(「細君譲渡事件」という名前からしていけすかない)これは相当なバッシングをくらったろうなあと思う。

 

「台所太平記」は読めば原作が読みたくなる。女中さんという文化自体が今では遠い文化ですが、女性の働く場所がなくそれが当たり前だった時代の家主と女中の交流。戦前、戦中から戦後にかけて数人の女中をとおして生活が描かれているので、戦後の社会のうつりかわり、封建社会が変わっていく様を見るうえでの文化史としても面白い。結婚が今より重視されていた時代、女性は本当大変だったな……とつくづく思う。料理が当然のようにできて、裁縫も当然のようにできて、子育てが上手で、気立てもよくて、金勘定もできて、夫を立てて、見目もいいのが望ましいなんて、無理難題もいいところだ。すべてできて当たり前で減点方式にもみえる社会の眼は本当に厳しかったよなと思ってしまう。そんななかで、千倉家の主人とそこに長年つかえる女中「初」との結婚をめぐる会話は幾分のんびりしていて好きだ。

初は見目はけしてよくないと書かれていて、ただ料理上手、清潔感、スタイルが良い、また谷崎にとっては重大なことだが足裏がつねにキレイと美点が多いため、家主がとても好きだった女中のひとり。40歳近くなり縁談がないことを不安に思ったある日、

「先生、私でもお嫁に行けるでせうか」

と初は思い余って尋ねる。それに対し千倉家の主人は

「ああ行けるともさ、きつと行けるから心配することなんかないよ」

と心から思って答える。

ここで嘘でもよいから言った、とかでなくて「何も気休めのつもりではありません」

「世間の奴等は眼が利かな過ぎる」というところがなんとも谷崎らしくて良い。半ば長年面倒を見てきた娘を見る親のような気持ちなのかなあと思わなくもない。

筆?のようなやわらかいタッチでえがかれた場面が陽だまりのようなあたたかさでもって伝わってきて、おだやかな時間が感じられる。

 

お正月にあらためてゆっくり作品を読み返したくなった。