『働かざる者たち』(サレンダー橋本)

カレー沢薫御大がTwitterで前記事(『ひとりでしにたい』)をリツイートしてくれたそうである。こんなことになるなら、もっとわかりやすくゴマのひとつでもすった内容にすればよかったが、かといってアクセス数が爆発的に増えたわけでもなかったので、(桁は一つ増えていたが、もともとの数が小さすぎる)そこまででもないかと思い直した。知り合いしか来ていなかった個展に、知り合いの友達も来てくれるようになったくらいの変化である。カレー沢御大(万単位のフォロワーがいる)の力を借りながら、この成果とは、ドラえもんがいながら0点を取り続けるのび太よりも難しいことを成し遂げてしまった。ひとまず、『ひとりでしにたい』がおもしろいのは事実である。

 

前置きが長くなってしまった。カレー沢御大の作品(『クレムリン』『バイトのコーメイくん』『猫工船』など)には、学生という名の無職 却津山(きゃっつやま)、バイト面接100件落ちたコーメイ、ポンドを溶かし続けるミケ、など、おそらく島耕作が生涯出会わないタイプの方々が多く登場する。日々島耕作を読める人はそれでいいが、世の中には毎日カツ丼を食べられないタイプもいる。主人公が「今日は料亭で会食」「明日は海外の重役とテレビ会議」「明後日は秘書とファーストクラス搭乗」というのを読んだだけで、毛穴からルサンチマンが放出、全身が泥のように動かなくなる人も世の中にはいるだろう。

そういったときに読みたいのが、『働かざる者たち』(サレンダー橋本)である。サレンダー氏の漫画にも、大学になじめない亀田(『全員くたばれ大学生』)、労働意欲ゼロのサラリーマン宮本(『明日クビになりそう』)など、島耕作と生涯名刺を交換しないであろう方々が多く登場する。

 

だが、この『働かざる者たち』は単なる「こじらせ系若手社会人」漫画ではない。仕事の愚痴を延々と聞きながら傷をなめあうタイプの漫画ではない。(『全員くたばれ〜』の方は肥大化したルサンチマンが強すぎて読むのが辛くなった箇所があった)こちらはややこじらせてはいるものの、それでも明るい方に進もうとする、読後感がじんわり爽やかな作品である。

 

主人公橋田は大手新聞社システム部若手社員。副業でネットで漫画を描いていて、いつかヒットを飛ばしたいと思いつつもうまくいかない。

会社、漫画、どちらもパッとせず、自身も「漫画を描いていることを逃げ道にして」いると自覚している。そんな中職場で出会う「働かないアリ」(意図的に働かない社員たち)との出会いや、エリート同期、クセのある上司らに出会い、失敗を重ねながら自分の働き方を見つけ出していく。

 というのが主なストーリーである。

 

橋田は非常にまじめな人物で、だからこそ、社内の様々な先輩たちの声に振り回されてしまう。会社でのスタイルも二転三転する。(この、人の話を取りあえず聞いてしまう橋田の真面目さは、彼の武器でもあり、作中でも「お前真面目に働けよ」の一言が向けられている。)従来のサクセスものであれば、橋田がスキルアップ、あるいは何か打ち上げ花火的な成果をあげ、それが目にとまり、自分の殻を打ち破っていき、社内の中心人物となっていく。というのが順当な流れであろう。

だが、この話はむしろ逆で、自分を見つめなおすところが終着点である。平たく言ってしまえば、焦りと不安で自分を見失いがちな青年が、自分を見つめなおすことで、再出発する。そういう話である。(こうした点はカレー沢薫氏の『ひとりでしにたい』に共通するものかもしれない。)

 

そして従来の出世する(中央にいく)=幸せ、成功、という図式が否定されているのも大きい。どのエピソードも綿密だが、最後の三章は抜群に良かった。そうはいっても主人公は本社(途中で子会社になるが)で働いているし…という点についても、細かなフォローがされている。

キャラクター一人ひとりにも愛着を寄せてしまう。話の中では一番悪役的立ち位置の風間すら、そのバッググラウンドを描くことでいじらしさを感じてしまい、憎めない。

 

総じていえば、これはきわめて真面目なお仕事漫画である。

校閲部、販売部、編集、事務、印刷と部署の仕事の様子を見るだけでも楽しい。

 

最後に本筋からは外れてしまうが、主人公橋田が職場で働いて、家に帰ってきても働いているというのに、そこに反省を重ねてしまう謙虚さには舌を巻いた。

普通ならば、働く俺、えらい、である。

こういったところに作者のまじめさが見え隠れする。

間違いなく、まじめで、ちょっと勇気づけられる新しい「お仕事」漫画である。

いつか同じ作者の働く女性が主人公の作品も、読んでみたいと思う。