『異世界もう帰りたい』(ドリヤス工場)

異世界もう帰りたい』(ドリヤス工場)を読んだ。サラリーマンが異世界に召喚されたら…という話である。サブタイトルは「I Want To Go Back Home.」これだけで大体筋がわかる。

 

サラリーマン下山口一郎は、トラックの荷台で作業中、暗闇に閉じ込められ異世界に召喚されてしまう。召喚先は小さな国(経済的にも軍事的にも弱い)で、いずれ起こるであろう西方の帝国との戦争に備えるために、異世界から人材を集めている。その一環として召喚された下山口だったが、いかんせん戦力になる人材ではなく、なんとなく城内で雑用などをして暮らしているうちに、同じく転生してきた鷺ノ宮があらわれて…というのが主なストーリーである。

 

召喚先の世界は作中の言葉を借りれば「中世ファンタジー風」。雑な言い方をすれば、RPGによくある、どこの時代かはわからないが、城と甲冑とやたら木のテーブルが出てくる世界観である。当然、電気ガス水道はない。

 

召喚先では召喚前のスキルを引き継いでおり、目立ったスキルのない下山口は「星1クラス」(星の数が多ければ多いほど評価が高い)の評価を、次に召喚されてきた鷺ノ宮(蒸気機関を自力で作れるくらい技術力がある)は「星3クラス」の評価を得ている。

 

しかし、製鉄技術もあるかどうかわからないこの世界で、一から蒸気機関を作れるレベルで「星3」(5段階か10段階かわからないが)なのは、中々からい採点だなと思った。こんなマッドマックスな世界観では、下山口一郎が家に帰りたくなるのもしょうがない。というか、勝手に異世界に呼び出され、頼んでもいないのに公衆の面前でランク付けされるなど、前世でどんな罪を犯したらこんな罰を受けるのか、と言いたくなるほどの苦行である。それは帰りたい、呼び出した奴ら全員には一度しかるべき方法をとりたい。そもそもが、自国の危機に対し、じゃあ赤の他人のだれかの力を借りてパパっとすまそう、そいつの都合はしったこっちゃないけど、と考えるような国に協力したくない。

 

今や星の数ほどある異世界転生・召喚もののなかで、生まれた一作品ということで、「異世界転生・召喚もの」が共通言語のように作中で使われている。以下それっぽいセリフを抜粋する。

 

ライトノベルによくある異世界に召喚されたというやつなのでは!?」

異世界に来て1か月近くのんびり過ごしていたがついにそれっぽいイベントが来てしまった……」

「ここでおれに秘めたる能力が一気に目覚めて俺ツエー無双がはじまるのかもしれないな…」(『異世界もう帰りたい』1巻より)

 

異世界転生・召喚もので既定事項として起こること「能力の覚醒」「冒険」「活躍」が【ご存じのもの】として作中で描かれている。ややこしくて申し訳ないが、いわば「異世界もの」をパロディにした異世界系作品である。こうした作品が描かれるほど、「異世界もの」はもう定着しているんだなと思った。

 

現状、この作品は「とにかく家に帰りたい」がテーマになっている。1巻最後も「どうにかして元の世界に帰ってやる……」のセリフでしめられている。帰ることが彼の旅の目的のようである。異世界ものでは、大別して、そのままそこに住み着く、両者を行き来する、元の世界に帰るの3パターンがあるそうだが、下山口の意思の弱さでは、意外にそのまま住み着く(あるいは帰れない)ような気もしてならない。